はじめに「何度もお詫びしているのに、まだ怒りが収まらない……。」「どこまで対応すればいいのだろう。」販売・接客の現場では、このように判断に迷う場面が少なくありません。お客様に誠実に対応したいという気持ちがあるからこそ、「最後まで自分が対応しなければ」と抱え込んでしまう私たち販売員の方も多いのではないでしょうか。しかし近年では、私たち販売員一人の対応だけでは解決が難しいケースも増えています。こんにちは。顧客心理コンサルタントの大野亜希子です。 前回は、ハードクレームが増えている背景や、お客様の心理についてお伝えしました。今回はその後編として、「どこまで私たち販売員が対応するべきなのか」「どのタイミングで店長へ引き継ぐべきなのか」「ハードクレームとカスタマーハラスメントは何が違うのか」について、厚生労働省が示している考え方も交えながら、一緒に整理していきたいと思います。なぜ「カスタマーハラスメント」という言葉が生まれたのか これまで企業や現場の基本的考えは、「お客様起点で考え、価値を提供する」という考えのもと、お客様対応にあたってきたと思います。それは今でもある意味正解です。その中で、お客様からいただくご意見やご要望には、商品やサービスを改善するための大切なヒントが数多くあるため、出来る限りその要望にお応えする考え方が一般的でした。どこまでそのご要望に応えていくか。常にそれを問い続けていたわけです。しかし一方で近年は、暴言や人格を否定する発言、長時間にわたる拘束、過度な要求など、従業員に大きな精神的負担を与えるケースが社会問題となっています。私たち販売員が心身ともに疲弊し、休職や離職につながる事例も報告されるようになりました。こうした背景から、「お客様を大切にすること」と同時に、「働く人を守ること」の重要性が社会全体で見直されるようになり、厚生労働省も企業向けに『カスタマーハラスメント対策企業マニュアル』を公表しています。 つまり、「カスタマーハラスメント」という言葉は、お客様を敵視するために生まれたものではなく、お客様との良好な関係を築きながら、安心して働ける職場環境も守る。その両立を目指すために整理された考え方なのです。厚生労働省が示すカスタマーハラスメントの考え方では、どこからがカスタマーハラスメントになるのでしょうか。厚生労働省では、その判断のポイントとして、次の2つの視点を示しています。① 要求内容に妥当性があるか企業側に責任があり、その責任の範囲内で対応を求めている内容なのか。それとも、企業の責任範囲を超えた過度な要求なのか。② 要求する手段や態様が社会通念上相当か暴言、威圧的な言動、人格否定、長時間拘束、SNSへの投稿を盾にした脅しなど、要求の伝え方が社会一般の常識を超えていないか。つまり、「何を求めているのか」だけではなく、「どのように求めているのか」この二つを分けて考えることが重要なのです。ハードクレームとカスタマーハラスメントの違いハードクレームとカスタマーハラスメントは、混同されることがあります。しかし、その本質には違いがあります。ハードクレームカスタマーハラスメント商品・サービスへの強い不満や改善要求従業員への攻撃や過度な要求問題解決を目的としていることが多い相手を精神的に追い詰めることが目的となる場合がある誠実な対応で解決できるケースも多い組織として対応する必要がある私たち販売員が主体となって対応するケースが多い店長・責任者へ引き継ぐ判断が重要もちろん、最初からカスタマーハラスメントと判断するのは危険です。正当なクレームとして始まったものが、途中から要求がエスカレートし、カスタマーハラスメントへ変化するケースも考えられるのです。 だからこそ、「怒っているからカスハラ」と判断するのではなく、状況を冷静に見極めることが大切です。判断に迷ったら、この3つを自分に問いかけてください 現場で迷ったときは、次の3つの視点で整理してみてください。① お客様の目的は「問題解決」ですか?商品の交換や説明など、本来の問題を解決したいのか。それとも、担当者を責め続けることや、店舗を困らせることが目的になっていないか。② 要求は、最初よりエスカレートしていませんか?返品や交換だけだった要求が、「責任者を出せ」「担当者を辞めさせろ」「SNSで拡散する」など、本来の問題から広がっていないかを確認します。③ 店舗として対応できる範囲を超えていませんか?販売員一人で抱え込むのではなく、店長や責任者、場合によっては本部や関係機関へ引き継ぐ段階に入っていないかを判断します。「一人で解決しよう」とすることより、「適切なタイミングで組織へつなぐこと」が重要なのです。おわりに私たち販売員として大切なのは、最後まで一人で対応し続けることではありません。大切なのは、「これは販売員として対応すべきクレームなのか、それとも組織として対応すべき事案なのか」を冷静に判断することが重要です。その判断基準を店舗全体で共有しておくことは、私たちの大切なメンバー一人ひとりを守るだけでなく、お客様への対応品質をそろえ、安心して働ける職場づくりにもつながります。私が企業研修でお伝えしているのも、対応のセリフやテクニックだけではありません。実際の事例をもとに、「これはハードクレームなのか、それともカスタマーハラスメントなのか」を考え、店舗としての判断基準を整理する演習を行っています。私たち販売員一人ひとりが同じ基準で判断できるようになることで、「迷ったら相談できる」「一人で抱え込まない」という安心感が生まれます。お客様を大切にすることと、働く人を守ること。その両方を実現することが、これからの販売・接客にますます求められていくのではないでしょうか。文:大野亜希子(顧客心理コンサルタント)大手アパレル企業にて社内売上No.1を3年間キープし、店舗マネージャーとして売上・顧客維持数トップ、接客指導責任者を歴任。その頃より、売れる人と売れない人の違いや顧客心理・購買行動を徹底的に分析し、成果につながる接客・営業プロセスを体系化。自身も平均客単価30倍、新規顧客獲得数店内1位など数々の実績を残す。現在は営業支援会社の代表として、そのメソッドを各業界に最適化し、アパレル、自動車販売、美容サロンなど幅広い業種で売上向上・人材育成を支援。「成果が出るまで伴走」、「現場で再現しやすい」と評判の研修では、接遇マナーの一歩先を行く、顧客心理を捉えた実践的なアプローチで成果を生み出している。