先日ある美容系の展示会に出かけました。数えきれないほどの華やかなブースが並んでいて、どこからも同じような最新の美容成分をアピールする呼び込みの声が聞こえてきます。正直どこも同じに見えてしまって「寄ってみよう」という気になりませんでした。そんななか、ほかとは違ってまったくキラキラしていないブースがありました。どんな商品だろうと立ち止まった瞬間に、お店の方が大きな声で「お姫様おふたりいらっしゃいませー。こちらにおかけくださーい」と言ったんです。驚くやらおもしろいやらで、わたしたちはいつの間にか招じ入れられたブースのなかの椅子に座らされ、気づいたときには足首や肩や腰に温活商品を載せられていました。最初のひとことは、その後に連なる言葉よりずっとパワーがあります。初頭効果をご存じでしょうか。最初に提示された情報は記憶に残りやすいといった人間の情報処理の特徴のことをいいます。わたしは多くのラジオの生番組でパーソナリティを務めてきましたが、話し始めの最初の一言「ツカミ」を大切にしていました。ラジオ番組のスタート時間は各放送局横並びで、一斉に番組がスタートします。その瞬間にたまたまチューニングをあわせてくれているリスナーの興味を引いて心をつかまなければ、他の放送局に変えられてしまいます。このあたり、皆様のお店でのファーストアプローチに似ていますね。お客様が入店されてもすぐに出ていってしまうかもしれない。じっくりお話できるほど滞在してくれないかもしれない。だから最初のツカミのひとことで、心をつかむんです。そう、「お姫さまー」のように。 私はツカミのパターンをいくつかに分類しています。冒頭の「お姫様おふたりいらっしゃいませー。」は、「驚かす」パターンです。強いインパクトを与えることができて、他のお店とは一味違うと感じてもらえる攻撃力強めの技です。ただこれは正直ハードルが高いですよね。では今日からすぐに使えるツカミのパターンをご紹介しましょう。「同意を得る」です。すでに商品を手に取っているお客様に「こちらのワンピースかわいいですよね」とか「この香りいいですよねー」というアレです。皆様もよくお使いになっているのではないでしょうか。「次のパーティで使うドレスがほしい」など目当てのものがあるときは話が早くてぴったりなツカミです。 一方で私の場合は「あ、提案が始まっちゃう。もうすこし全体をゆったり見たかったな」と思うことがあります。そこでもう半歩引いて、提案の始まりではなく雑談の始まりのような軽い感じはいかがでしょう。「きょうは暑いですね」とか、「きょうは街が賑やかですね」「雨が続いてますね」とか、特別じゃない話です。ポイントは相手が必ず「そうですね」とうなづける言葉を投げかけること。日本中が湧くサッカーや野球の国際大会の翌日なら「勝ってよかったですね」「寝不足ですよね」といった時事ネタもありかもしれません。近くでイベントがあれば「○○のイベント大人気ですよね」とか、そのお店ならではのネタならすこしアクセントがつきます。何かについてお互い気持ちを寄せ合うことが、お客様との距離をすっと近づけてくれます。お店の雰囲気や扱う商品にぴったりあった「うなづかせツカミ」を考えてみてください。ツカミのテクニックを使うときのコツが2つあります。ひとつめは「躊躇しない」です。話し始めの最初の一言で一気に心をつかもうとしますので、ちょっとした勇気が必要なんです。「急にこんなことを言って大丈夫かな」と思ってしまうかもしれません。でも余計なことを言わない、いきなりの一言だからこそ初頭効果が生まれるのです。躊躇せず話しかけましょう。そして、もうひとつは、「話し始めをゆっくり」にしてあげてください。予期せず話しかけられるとき、誰でも最初を聞き逃してしまうものです。はじめの一言は、聴きとりやすいようにゆっくり話し始めてください。お店の方との会話が楽しかったから、価値が増して気持ちの良いお買い物になった、ということがありますね。話し始めのツカミに工夫をして、楽しいお買い物体験をプレゼントしてあげてくださいね。 文:𡈽井里美(声のアンチエイジング研究家・東京YMCA国際ホテル専門学校講師・フリーアナウンサー)富山県出身。3年のホテル会社勤めの後、新潟放送にアナウンサーとして入社し、数多くのテレビ・ラジオ番組で活躍。フリーアナウンサー転向後は、NHK・文化放送・ラジオ日本の生ワイドの帯番組でメインパーソナリティを務め、気さくで親しみやすい語り口で人気を得る。25年間のラジオ番組で培った「声だけで表現する力」を使って、声を切り口にしたコミュニケーション研修を開発し、好評を得る。これまでおよそ10,000人に「声の力」を伝えてきた。 36歳で出産した後、声の“おばさん化”に悩まされ、仕事がすべてなくなってしまうかもという危機に直面。絶望の中、必死にボイトレ・声楽・医学などあらゆる面から独自に声を研究し、ついに、自らの声を元に戻すことに成功した。その独自メソッドを『声のアンチエイジング』と名付け、声の老化に悩む女性のためのセミナーを開催すると、 「声が見違えるほど通るようになった」「滑舌が良くなって顔のエクササイズにもなり声も顔も若返った」と大反響を得る。その後アンチエイジングクリニックスコールと東京工芸大学との共同研究を通して(のちに抗加齢医学会で発表)、声のトレーニングは、口の健康を維持しておいしく食べることを助け、サルコペニアやロコモティブシンドローム予防になり、健康維持に役立つことを確信する。 第18回日本抗加齢医学会総会にて「声のアンチエイジング教室~声と見た目のマイナス10歳チャレンジプログラム」で優秀演題受賞公式サイト:https://doisatomi.com/