第3回 お客さまは何も考えてない? いよいよこのコラムも今回で最後になります。私の正直な気持ちは「寂しい」です。皆さんの気持ちはどうですか?これまで自分の気持ちを探ったり、気になる人の気持ちを探ったりしてきました。その延長線上で、仕事で関わる人の気持ちを考えてみましょう。接客業の場合だと「お客さまの気持ち」を考えるということになります。一方で「カスハラ」が話題になっていますよね。これはお客さまの方が、接客している人の気持ちを考えていないことから起きる問題です。このことは 、気持ちの良い接客とは実は双方向性があることを示唆しています。そのことも踏まえつつ、先ずはお客さまの気持ちを考えることろから始めましょう。「これなんかどうかしら?」お客さまが商品を手にして尋ねてきます。「それは、昨日入荷したばかりで、手に入りにくい品なんですよ」そうあなたが言います。「そうなの。それじゃ、これをいただこうかしら」スムーズな流れでお客さまが商品を選び、あなたがそれを包装します。お客さまは満足そうな笑顔で立ち去ります。『良い時間だったなあ』と内心つぶやきます。良い仕事した感じがしますよね。ところで、この間あなたはお客さまの気持ちに触れたでしょうか?『え?なに』と思われるかもしれません。でもちょっと考えてみて下さい。あなたがお客さまと話したのは、商品の説明だけでしたよね。『いや、それセールスの常道でしょう』と言われればその通りです。お客さまが商品を買う理由を提示してあげることで、購買意欲を引き出す。そうしたテクニックがあることは知っています。ただ、このコラムのテーマは「本音を引き出すトーク術」です。お客さまが本当に満足したかどうかは、前回書いたように「聞く」か「行動を見る」他に知りようがありません。最後に品物を渡すとき「良いものが手に入って本当に良かった」とお客さまが言ってくれたとしましょう。でもあなたは「お客さまがなぜそれを手に取ったのか」「それ以外の選択肢はなかったのか」「もっと良い提案ができたのではないか」という質問に答えらるでしょうか? 私自身、かつて自動車を売っていたことがあります。その時は「この人は買ってくれるんだろうか」「どう説明すれば買ってもらえるんだろうか」と自分の『売りたい(買って欲しい)』気持ちに忠実に営業していました。「この人はなぜ自動車が欲しいんだろうか」「自動車をどう使いたいんだろうか」とお客さまの気持ちについて、考えたことなどありませんでした。それでもお客さまに欲しい気持ちさえあれば、自動車のような高額商品でも買ってもらえるものです。何台もの車を売ったはずですが、悔しいことに思い返してもお客さまの気持ちが心に甦ることはありません。 その後、様々な人との出会いや様々な仕事との出会いによって「売る人にも買う人にも気持ちがある」という、いたって普通の考えが私にも身につきました。「気持ちの良い接客」という言葉があります。一般には「買う人が気持ち良い」と解されているようですが、私は「買う人も売る人も気持ちが良い」ことだと考えます。お互いの本当の気持ちが伝わることで、双方が気持ちの良い時間を過ごせると思いませんか?さっきの例なら「これなんかどうかしら?」の後に「それはお目が高いですね。何か特別な会でもあるのですか?」と質問してみてはどうでしょう。一歩お客さまの気持ちに近づくことにならないでしょうか?質問に対して、お客様からは「普段使いなんだけど」「ちょっと会合に呼ばれて」「プレゼントにと思って」など様々な答えが返ってくるでしょう。そこでお客さまがなぜそれを欲しいのかがわかります。そして、それを知ることであなたの行動も変わるはずです。そのまま包んでしまうことも、別の物を勧めることも、併せ買いを勧めることもできます。そして、お客さまの気持ちに沿った会話ができます。「そういうことでしたら、自分の場合はこんなこともありました」「その話は他のお客さまからも聞いた事があります」と今度は自分の気持ち、嬉しさや驚きや時には哀しみさえも、相手に伝えることができるかもしれません。そうして気持ちが共有されることで、初めて「気持ちの良い接客」ができるのだと思うのです。このところさまざまな接客の場面で「お互いを思いやる気持ち」が欠けているように感じられて、気になっています。「これください」「わかりました」という情報のやり取りだけなら、ITで解決できます。ネット販売に始まり、無人店舗が出現するまでになりました。売買の多くがネットで完結できます。最近では、説明書やホームページに電話番号さえ載っていないことが少なくありません。なぜそこに「人」が必要なのか?その答えは、みなさん自身が持っているはずです。言葉に表せないような、気持や文字に表せないような要望を人は持っています。お客さまと関わっている人は、商品をやり取りしているのではなく、感情をやり取りしているのです。お客さまは何も考えずに物を買いにきているのではありません。そう、あなたにしかできないから、今日もあなたは誰かと会話しているのです。その会話する時間をどれだけ豊かにできるかが、私達みんなに問われているのではないでしょうか。 相手の本音を引き出すには、これまで書いてきたようなテクニックがあります。それを使いこなすためには、目の前の人の思いを汲もうとする一歩踏み込んだ気持ちが必要なのです。文:中西真人氏(M&R Consulting代表)1960年生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。 自動車メーカー、流通業、外資系コンサルティング会社を経て、1996年にM&R CONSULTING代表として独立。独立後は、顧客企業の課題の発見から解決までのプロセスを顧客と共有しながら進めるサービスが好評で、様々な業界の大手企業を顧客に持ち、信頼も厚い。また講演・研修では、「なるほど」とうなずける裏付けのある内容と論理的な解説あり、工夫されたワークにより、明日から即実戦に活かせると評判も高い。JASPAでは、トレーニング動画「タイムマネジメントー自分時間の創り方ー」で講師も務めている。<主な著書>『実務で役立つプロジェクトファシリテー ション』 (翔泳社)『プロジェクト・マネジメント』 (かんき出版/共著)『思いどおりにお仕事を進める対人関係トレーニング』 (かんき出版)