皆さんは普段どれほど香りを意識して暮らしていますか?香り=においは目には見えませんが、その正体はにおい分子という小さな化学物質の集まりです。空気中に漂うそれらを鼻から吸い込み、脳で知覚することで、私たちは季節の植物の香りや食べ物のおいしそうなにおいに気付くことができます。それ以外にも、私たちの心と体は香りから様々な影響を受けています。香りが私たちに与える影響を知るには、香りを感じる仕組み=嗅覚を知るのが近道です。嗅覚は五感の中でも原始的な感覚です。視覚や聴覚などと異なり、理性の脳と言われる大脳新皮質よりも先に本能の脳である大脳辺縁系に刺激が伝わります。この順序で刺激が伝わることで、未知の香りに対しても「好きか嫌いか」「安全なものか危険なものか」などを瞬時に判断でき、先入観による判断ミスを回避できるメリットがあります。 大脳辺縁系には生命維持の中枢である視床下部があり、自律神経系、内分泌(ホルモン)系、免疫系など、生きるために必要な体の機能を自律的に調整する能力(ホメオスタシス=恒常性維持機能)が絶えず働いています。においの刺激はこの視床下部に直接届き、時にはそのストレスを和らげることで、沈んだ気持ちを明るくしたり、緊張した筋肉を緩めたりと、心身に変化をもたらします。この香りと脳の仕組みを利用して私たちのホメオスタシスを整える手法にアロマテラピー(芳香療法)があります。自然療法としてのアロマテラピーは薬効を持つ天然の植物から採れた精油を使い、リラクゼーションやセルフケアを行います。現代においては、精油に限らず自分が心地よいと感じる香り――例えば入れたてのコーヒーなど――を楽しむことでリラックスした経験のある方も多いと思います。香りを使った気分転換は、身近で手軽な“日常セラピー”と言えるでしょう。香りが心身に影響を与えるのと同様に、香りの感じ方もまた心身のストレス状態によって変化します。香りの好き嫌いを判断する本能の脳は、全身の細胞から様々なシグナルを受け取る場所でもあるため、心身に何らかの負担が掛かっている時はその影響を受けた反応が起こります。いつもは好きと感じる香りを嗅いでもあまり嬉しくない、むしろ不快に感じる。そんな経験はおありでしょうか? それはもしかしたら無自覚にストレスを抱えている「頑張り過ぎ」のサインかも知れません。香りは私たちの日常を彩り、寛がせてくれると同時に、心身の変化に気付かせてくれるメッセンジャーでもあるのです。常に人との距離を意識し、外出や移動を控えるなど、少なからず緊張感を伴う日々が続いています。こんな時だからこそ、心や体に穏やかに働きかける香りの恩恵を暮らしに取り入れてみて欲しいと思います。部屋に花や観葉植物、ディフューザーなどを置くのも良いですし、シャンプーやボディーソープ、ハンドクリーム、香水など普段使うものを変えてみるだけでも、日常に香りを添えることはできます。朝は爽やかな柑橘系、昼間は華やかなフローラル系、夜はその日の気分でリラックスできるもの……というように、時間帯やシチュエーションに合わせて使い分けるのもリズムが生まれて楽しいものです。強すぎる香りや長時間同じ香りを嗅ぎ続けることは脳を疲労させるため、時には換気をするなどして休ませることも必要ですが、多様な香りに親しむこと自体は嗅覚を介して脳を刺激する脳トレであるとも言えます。香りの感じ方には個人差があるため、現代では強い香料を避ける風潮もありますが、適度な香りは暮らしを豊かに、心身を心地よく整えるために役立つスパイスのようなものです。販売員のみなさまはぜひお客様に、オープンな場ではマナーを守りつつ、日々の小さなリラックスや楽しみとして香りをもっと活用していただけるようご紹介いただければ嬉しく思います。 文:由山みと (嗅覚反応分析士/MeetiA主宰)鹿児島県在住。学生時代からの心身の不調を改善すべく、アロマテラピーを学び始めたことをきっかけに、嗅覚反応分析(旧・サードメディスン)の生みの親、軍場大輝氏に出会い、軍場氏に師事。2020年2月 認定トレーナーとなる。現在は体験会や講座、オンラインセッションなどを通じて体質改善やストレスケアを求める人たちのサポートに取り組む。