言葉を選り分ける語彙力と心くばりが生きた敬語に!お客様と接する場面で言葉遣い・敬語は欠かせないものです。しかし、改めて考えてみますと、なぜ敬語は必要不可欠と言われるのでしょうか。敬語のもつ意味を改めて考えてみましょう。 心が第一、その心を表すひとつに言葉があるから「 心が一番だから…、心があればいいのでは」というのもよく言われることです。たしかにその通りではありますが、しかし、よくよく考えてみますとその心を表すのは何かと言いますと、それは態度やしぐさもありますが、言葉が重要な役割を担っています。接客の場ともなると一層重要性を増してきます。 親しみをこめた表現やくだけた言葉も土台があってこそでは、言葉遣い・敬語は正しく丁寧であればいいかと言うと決してそうとは言えないものです。矛盾して聞こえてしまうかもしれませんが、慇懃無礼という言葉があるように、通り一遍の敬語ではかえって相手を不愉快にさせたり、場合によっては怒らせてしまったりと、肝心なその心を伝えることはできません。お客様と何度か会話をして親しくなった場合には、ときにはくだけた会話や親しみをもったフレンドリーな言葉もいいものでしょう。そんなあえてくだけた表現が礼を欠くことなくお客様に楽しく響くのも、普段の敬語の土台が決して揺るがないからこそ、生きてくるものです。 あの人と話すと感じがいい、また話したいそのような相手や場面に合わせたふさわしい言葉遣いができる人は、お客様側からしても「〇〇さんはいつも感じがいい」「今日は〇〇さんいないのかしら」というように、また話してみたい、また会いたいと思うものです。品物を求めるということは、単に品物が手に入るのではなく、人が人から求めることです。行き届いた言葉は、品物とともに心も豊かに温かな幸せな気持ちで満たしてくれます。 ほんのひと言の言い換えでも印象は変わるもの たとえば、「〇日までにご確認ください/ご返事ください」というのも間違いなどではなく正しい表現です。しかし、その日までに確認、返事がほしいというのはあくまでもこちらの都合ですね。ですから、ほんのひと言添えて「こちらの勝手な都合ばかり申し上げてまことに恐れ入りますが、〇日までにご返事いただけましたらありがたく存じます」「〇〇の都合がございまして、たいへん恐縮に存じますが、〇日までにご返事いただけませんでしょうか/ご返事いただきたくお願い申し上げます」などの表現のほうが、響きも柔らかく、何より相手の都合を配慮しながらお願いするという姿勢、気持ちが強まるものです。 今より見直される語彙力と心くばり「おっしゃる」「召し上がる」だけが敬語ではないものです。例えば、試着室を探していそうなお客様に「試着室はあっちにもございますので」などの場合の「あっち」→「あちら」といった改まり語というものも敬語を彩る大切な言葉ですし、両方が使いこなせてこそ調和がとれた言葉になりますね。その上で「どうぞよろしければご試着なさって(お試しになって)くださいませ」「試着室はあちらにもございますので」など、相手の気持ちを察する気遣いやその場に合わせた言い換え、対応が瞬時にできるかどうかもりっぱな敬語のこころです。 新型コロナの影響で、外出自粛やテレワークなど、普段当たり前のようにできたことがなかなかできなくなっています。なかなか会えないからこそ、会えて話せた嬉しさや手紙・メールでの温かな言葉のやり取りに喜びを感じることは多いのではないでしょうか。 そしてこんな時期だからなおのこと、ほんのひと言の言葉に励まされたり、また逆に励ましたりと、言葉の力は見直されていると言えます。言葉遣い・敬語は、相手や場面があってのもの。服装にもある程度のTPOがあるように、言葉もその場にいかにふさわしい言葉を選り分けることができるか。その選り分ける力や語彙力がやわらかな心づかいとなって輝くのでしょう。 文: 井上明美氏(ビジネスマナー・敬語講師) 国語学者、故金田一春彦氏の元秘書。言葉の使い方や敬語の講師として、企業・学校などの教育研修の場で講義・指導を行う。長年の秘書経験にもとづく、心くばりに重きを置いた実践的な指導内容には定評があり、話し方のほか、手紙の書き方に関する講演や執筆も多い。著書に『敬語使いこなしパーフェクトマニュアル』『最新 手紙・メールのマナーQ&A事典』(ともに小学館)『知らずにまちがえている敬語』(祥伝社新書)『一生使える「敬語の基本」が身につく本』(大和出版)『お客様に好かれる正しい日本語・敬語の使い方』(近代セールス社)など多数。ウェブサイト「All About」では「手紙の書き方」のガイドを務めている。